盂蘭盆会・施餓鬼会を厳修いたしました|西船橋・明王院で受け継ぐ供養の心

先日の大雨により被害に遭われた皆様に、謹んでお見舞い申し上げます。
また、不安のうちに過ごされた皆様にも心を寄せ、一日も早く穏やかな日常が戻りますことを、心よりお祈り申し上げます。

*明王院の盂蘭盆会・施餓鬼会

このたび、明王院では盂蘭盆会ならびに施餓鬼会を厳修いたしました。

当日は、大変な雨の中ではございましたが、ご参列くださった皆様とともに、各家のご先祖様をはじめ、それぞれのご家庭の大切な亡き方々、さらには餓鬼道にあって苦しむ諸精霊、有縁無縁の一切の精霊に至るまで、読経と供養のまことを捧げ、その安穏を祈念いたしました。

また、第二船橋メモリアルパークの永代供養墓においても読経を捧げ、お塔婆を建立し、そこに眠る諸精霊の安穏を願って、心を込めてご供養申し上げました。

毎年大切に受け継がれているお盆の供養は、正式には「盂蘭盆会(うらぼんえ)」と申します。

また、「施餓鬼会(せがきえ)」は、餓鬼道にあって飢えや渇きに苦しむ諸精霊に飲食を施し、その功徳を広く一切へと廻向(えこう)する法会です。

盂蘭盆会と施餓鬼会は、本来それぞれ異なる由来を持つ法会ですが、長い歴史の中で深く結びつき、現在ではお盆の時季に併せて営まれることが多くなりました。

どちらの法会にも、亡き方の安らぎを願い、苦しみのうちにあるすべてのいのちへ慈悲の心を向けるという、大切な仏教の教えが込められています。

*目連尊者と母への供養

お盆のよりどころとなっているのが、『仏説盂蘭盆経』に説かれる目連尊者の物語です。

お釈迦さまのお弟子の中で「神通第一」と称された目連尊者は、その神通力によって、亡き母が生前の業により餓鬼道に堕ち、飢えと渇きに苦しんでいることを知りました。
目連尊者は、食べ物を母のもとへ届けようとしましたが、その食べ物は母の口に入る寸前に火へと変わり、食べることができませんでした。

自らを慈しみ育ててくれた「乳哺(にゅうほ)の恩」に報い、何としても母を救いたいと願った目連尊者は、お釈迦さまに救いを求めます。

するとお釈迦さまは、七月十五日、夏安居(げあんご)の修行を終えた僧侶たちに飲食などを供養し、その功徳を母のために廻向するようお教えになりました。

目連尊者が教えのとおり、仏・法・僧の三宝を敬い、心を込めて衆僧への供養を修したところ、その功徳と衆僧の威神力(いじんりき)によって、母は餓鬼道の苦しみから救われたと伝えられています。

目連尊者はさらに、未来の仏弟子も同じように、父母や七世の父母、すなわちご先祖様のために供養を修することができるのかと、お釈迦さまにお尋ねしました。

お釈迦さまは、亡き父母やご先祖様のために供養を捧げるとともに、今を生きる父母にも孝養と慈しみの心を尽くし、その「長養慈愛(ちょうようじあい)の恩」に報いることの大切さをお説きになりました。

*施餓鬼会に込められた祈り

施餓鬼会では、餓鬼道にあって飢渇(けかつ)の苦しみを受ける諸精霊に飲食を施し、読経と祈りを捧げます。
その供養は、自分の家族やご先祖様だけに向けられるものではありません。

縁の有無を超えて、苦しみのうちにある一切の精霊へと慈悲の心を広げ、その安らぎを願う法会です。

「餓鬼」とは、求めても満たされることのない、飢えと渇きの苦しみに生きるものを表しています。その苦しみは、遠い世界だけにあるものではなく、欲や執着にとらわれる私たちの心のうちにも生じるものではないでしょうか。
施餓鬼会を通して、私たちは自らの心を省みるとともに、他者の苦しみに心を寄せ、施し、分かち合うことの大切さを学びます。

ご先祖様への供養から、有縁無縁の諸精霊、さらには一切のいのちへと祈りを広げていくところに、施餓鬼会の尊い意義があります。

*日本で受け継がれてきたお盆供養

日本における盂蘭盆会の歴史は古く、『日本書紀』には、推古天皇十四年(六〇六年)、寺ごとに四月八日と七月十五日に斎会(さいえ)が設けられたことが記されています。

また、斉明天皇三年(六五七年)には、飛鳥寺の西に須弥山(しゅみせん)の像を造り、盂蘭盆会を設けたとの記録があります。さらに同五年(六五九年)には、都の諸寺で『盂蘭盆経』を講じ、七世の父母の恩に報いる供養が営まれました。

その後、奈良時代には宮中の恒例仏事として定着し、長い年月を経ながら、今日まで大切に受け継がれてきました。
施餓鬼の法もまた、平安時代以降、密教などを通じて各地に広まり、次第に盂蘭盆会と深く結びついていきました。

こうしてお盆は、ご先祖様をお迎えして供養するとともに、苦しみのうちにある一切の精霊へ慈悲の心を向ける、大切な仏縁として受け継がれてきたのです。

*亡き方への供養と「恩送り」の心

盂蘭盆会・施餓鬼会は、亡き方を偲び、ご先祖様の菩提を祈るとともに、私たち自身が多くのご恩によって支えられ、生かされてきたことを、あらためて見つめ直す法会でもあります。

亡き方には追善供養のまことを捧げ、今を生きる父母には孝養を尽くす。そして、これまでにいただいた慈しみを、今度は家族や子どもたち、地域や社会へと送り伝えていく。

いただいた慈しみを、誰かを慈しむ心と祈りへと変えていく。
自分が支えていただいたように、今度は自分が誰かを支えていく。

このように、ご恩を自分一人のもとに留めず、次の人へと手渡していくことを「恩送り」と申します。

私たち一人ひとりが菩薩の心をもって、いただいたご恩を優しさや祈り、善き行いへと変えていく。その積み重ねが、大日如来の智慧と慈悲に満ちた「密厳国土(みつごんこくど)」の姿を、この現実世界にも顕していく歩みにつながるのではないでしょうか。

お盆とは、亡き方を懐かしむとともに、今を生きる私たち自身の心と歩みを見つめ直す大切な仏縁です。

ご先祖様や大切な亡き方の菩提を心より念じ、あらゆるいのちの安らぎを願いながら、今ある命とご縁に感謝し、与えられた人生を大切に歩んでまいりたいものです。

明王院では、これからも一つひとつのご縁を大切にし、亡き方への供養と、今を生きる皆様の祈りに寄り添ってまいります。

盂蘭盆会・施餓鬼会にご参列くださいました皆様に、あらためまして心より御礼申し上げます。

合掌

*お盆を機に、これからの供養を考える|船橋市・西船橋の永代供養

お盆は、ご先祖様や大切な亡き方を偲ぶとともに、これからのお墓や供養について、ご家族で考える大切な機会でもあります。
近年は、

「将来、お墓を受け継ぐ者がいない」

「子どもや家族に負担を残したくない」

「墓じまいをした後の納骨先を考えておきたい」

「生活の拠点が変わり、遠方にあるお墓の管理が難しい」

といったご相談もいただくようになりました。

供養の尊さは、お墓の大きさや形によって決まるものではありません。大切なのは、亡き方を偲び、安心して手を合わせられる場所があり、その祈りと供養が将来へと受け継がれていくことだと考えております。

明王院は、西船橋駅・東中山駅からほど近い船橋市古作にある真言宗寺院です。境内には、寺院が護持し、供養を続ける永代供養墓がございます。

承継者のいない方や、墓じまい後のご遺骨の納骨先をお探しの方など、永代供養やお墓についてのご相談も承っております。

詳しくは、明王院の永代供養墓についてをご覧ください。

また明王院では、船橋市内の「第二船橋メモリアルパーク」の運営・管理も行っており、霊園内の永代供養墓・樹木葬・合祀墓など、それぞれのご事情に応じた供養の形をご案内しております。

第二船橋メモリアルパーク

西船橋周辺や船橋市で永代供養墓をお探しの方、墓じまい後の納骨先についてお悩みの方も、どうぞお気軽にご相談ください。